Pump it up ! ~ ロートルライダーの戯言

やっぱ自転車は楽しい!30年振りにペダル漕ぎへと復活したおっさんの戯言と遊びの記録です

今年の正月・夏沢峠~大弛峠の記録

そろそろ公開するかなっと。
所属するクラブの会報に寄稿したものです。

【厳冬 夏沢峠と大弛峠越え】

 ニューサイクリング誌の1986年2月号。

そこにK・A両氏が寄稿された「厳冬 大弛峠」の記事は、当時まだ10代だった僕には刺激的で、とてもではないが当時の自分には達成不可能、正に雲の上のような記録だったのです。
一言一句を覚えられるほど、何度も繰り返し読んでは夢のような山サイに思いを馳せ、その度に「自分には無理だろう」と思ったことを今でもよく覚えています。

そして今年の10月。
山サイ研に復活、川上山荘でA氏と再会した際、最初にお話しさせて頂いたのがこの記事のことでした。それからというものの、忘却の彼方に置いてきた遠い記憶と憧れが、自分の頭の中にぐるぐると渦巻き「今ならやれるかもしれない」と自問自答する毎日が続いていました。
山の経験は十分過ぎるほど積んできた。
体力は衰えてきたが、経験でカバーできるはず。
装備も問題ない。
万一の際にも、対応できる能力はあるはず・・・。
唯一、不安な点は自転車に復帰してから僅かな時間しか経っていないこと・・・。
まずは嫁に相談すると「行っておいで」と。
そして「ダメだと思ったら途中で帰っておいで」との言葉。
これで腹は決まり、奇しくもA氏がアタックした同じ1月3日に大弛を越える計画を練り始めたのです。
地図を眺め、ルート取りを考えていると「ん?」
「夏沢峠」
車の回収を考えると億劫だが、やってやれないことはない。こうして、下記のような日程ができあがったのです。

1日目:桜平下駐車場(車)-オーレン小屋-夏沢峠-本沢温泉-稲子湯-海尻-信濃川上
2日目:信濃川上-川端下-峰越林道-大弛峠-六本楢峠-塩山
3日目:塩山(電車移動)-茅野(タクシー)-桜平下駐車場(車回収)

これを年始ランの計画としてフェイスブックに書き込んだところ、M氏より同行したいとのメッセージが届き、それを了承。氏の強さと経験は予てから知っており、こちらが逆に迷惑を掛ける恐れもありましたが、そこは自分のペースを守って走るということを念頭に置いておけばいい。
そう思い、同行を願うこととしました。
そしてM氏のパートナーとも言えるF氏も合流し、何とも心強い強力な同行者を得たのでした。

こうなると次は装備だ。
当初の計画では一人だったためテン泊を予定していましたが、同行者がいるため宿に泊まることとし、極力荷物を減らして1日で抜けるプランに変更。
防寒と安全マージンを取った中で、如何に荷物を軽くするか・・・それがテーマになりました。
まずは防寒。
これは通常使用している冬山用の装備で問題ないと考え、ロングアンダー+ショートアンダーにゴアテックスのウインドストッパーを使用したインナーシェルを重ね着することに。
アウターにはイーベント素材のソフトシェルを着て、動きやすさを確保しました。
ボトムはペダリングの動きやすさを損なわないため、パールイズミの冬用タイツ(0度対応)にゴアテックスのソフトシェルを採用。
グローブには高い保温力で知られる防寒テムレスを着用し、靴は厳冬期対応のシングルシェルの登山靴。
これで寒さには対応できるはず、そう考えました。
ただし、自転車は運動量が豊富なので汗による濡れと、それに伴う放熱が問題になると考え、極力保温を保った上でベンチレーションを開放する手法としました。
また、濡れた際に着替えられるよう、帽子・グローブ・靴下・アンダーは各3枚づつ予備を持参。
肌に直接触れるものを濡らしてはいけない、冬山に於ける鉄則です。
次に安全面。
もし1日で大弛を抜けられなかったらどうするか。
幸い、峠の大弛小屋は冬期一部開放となっており、布団なども用意してあることは分かっている。
であれば、スリーシーズンシュラフで事足りるはずだし、それでも寒ければツエルト替わりにもなる輪行袋シュラフカバーとして使えばいいかと。
食事は一晩くらい摂らなくても平気だが、温かいものを飲めるようにチタン製の小型バーナーとコッヘル、そしてボンベ1台だけは持っていくことにしました。
なお、行程途中でのビバークは前述の通り、輪行袋を被って有りったけの物を着る。
そしてシュラフに潜り込む。
これで一晩は切り抜けられると考え、タイオガ製の前輪のみを外して収納する大きなサイズのものを選びました。
その他の装備としては、ラッセルに備えてワカンを持参、あとはテクニックがない部分をカバーできるようにスパイクタイヤを装着。
こうして当日を迎えることになったのです。

午前6時半。
車内の外気温計はマイナス9度となっている。
前夜、桜平下の駐車場に車を止めた私は眠い目を擦りながら自転車を組み、圧雪された急勾配の林道をノロノロと登り始めた。同行の両氏は茅野周辺で仮眠を取ったはず、あの強烈な脚力からすると追いつかれるのは時間の問題。
ここは一足先に出発させてもらった。
スパイクタイヤのお陰で林道のアイスバーンでもグングンと登ることができ、ほどなく桜平の登山口に到着。そのまま休みも入れずに夏沢鉱泉へと向かった。
夏沢鉱泉は多くの人で賑わっており、何人かに声を掛けられたが否定的な発言は皆無。皆、自転車の機動力に関心しきりであった。
ここを過ぎると本格的な登山道となるわけだが、年始だけあってトレースはばっちり。非常に歩きやすい道を辿り、オーレン小屋に到着。
周辺の積雪は30cm程。
外気温はマイナス12度。いよいよ身体の芯まで冷えるような寒さになってきたが、自転車を押しながら歩いているせいか、そこまで寒さを感じなかったのは不思議だった。
依然として歩きやすい道を進み、右手に緩やかに登ると夏沢峠に到着した。

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冬の八ヶ岳らしく風が強く、眼下には西上州の山々をはっきりと確認できる。登山では何回もここを通っているが、自転車を相棒に来たのは実に30年振りのことであった。
風の強さと寒さに耐えきれなかったが、写真を撮ったりしながら長逗留をしてしまう。20分ほど峠に留まり、ここから本沢温泉に下り始めるが・・・。
何と最高な雪上ダウンヒル
夏場には煩わしい木の根や石が積雪ですべて隠れており、完全にフラットな状態ではないか!
乗車率100%。
雪がこれ以上多くても少なくてもダメな状態。
時折、後輪をロックさせながらドリフトターン、もう最高に楽しく快適の一言。そして楽しい時間はすぐに過ぎ去るもので、あっという間に本沢温泉に到着した。
と・・・ここで追いついてきた両氏と合流。
ここからの下りはややフラットで、登山者が少ないせいもあって走り難いことしばし。それでも両氏はあっという間に姿が見えなくなるほどのスピードで下って行った。
自分は自分のペースで、酷く迷惑を掛けない程度にノロノロと下り八ヶ岳林道との交差点で合流、そしてしばしの休憩。

ここからは凍結した林道を下り稲子湯へ、さらには国道を経て信濃川上へと向かったのだが・・・そう、スパイクタイヤは舗装路向きではなく、とんでもない抵抗と重さを感じる。体力を30%ほど削がれている感覚の中、それでも何とか走って信濃川上着。
スーパーナナーズで宴会用の酒類を買い込み、まだ時間が早かったのもあって飲食コーナーでささやかな祝杯を上げる。「あー久々の感覚だ」
仲間と一緒に自転車で旅をする。
本当に久々の感覚で嬉しくもあり、懐かしくもあり。
この後も体力の無さを露呈して両氏に先行されるも、宿泊先となる川上山荘に無事到着。美味しい食事と楽しい酒宴で、楽しい時間を過ごさせていただきました。

桜平駐車場6:30-桜平7:20-夏沢鉱泉7:50/8:02-オーレン小屋9:02/9:07-夏沢峠9:35/9:54-本沢温泉10:21/10:36-富士見平11:05-本沢入口(八ヶ岳林道交点)11:19/11:39-稲子登山口12:01-信濃川上13:30-川上山荘15:54

 2日目はいよいよ大弛峠越えの日だ。
朝5時半に起床、準備を整えて6時半に宿の朝食を食べて7時には川上山荘を後にした。外の気温はマイナス7度で、風が強く小雪が舞っている。峠方面に目を向けると、薄い灰色の雲に覆われていて雪が降っていることが見受けられる。
峰越林道の入り口から雪道となるが、まだ乗れないほどではない。しかしそれも3つ目の橋までで、そこからは乗ったり押したりと走り難い状況となった。
最初のつづら折れが始まる標高1,800m地点で積雪は20cm。ここからは自転車に乗ることもままならず、完全に押しの状態となった。その深さは標高を上げるにつき増していき、1,900mを越えると膝下程度のラッセル、さらに上部へと押しすすめるといよいよ膝上の箇所も現れ、峠までの遠く厳しい苦行となった。
先行している両氏のトレイルを見ても苦労しているのが見て取れ、こちらはこちらでそのトレイル跡に自転車を押し進め、自分は新雪ラッセルしていくという“作業”が延々と続くのである。
そして標高2,000mを越えると、あの忌々しい大トラバースが始まる。
夏であれば傾斜も緩く、峠が近いこともあって比較的楽に進めるところだが、今回ばかりは叫びたくなるほどストレスが溜まる道である。途中、何とかショートカット出来ないだろうかと地図を見ては、結局「急がば回れ」と林道をノロノロと進んでいく。
まったくもって非効率な作業の連続に飽き飽きした頃、希望への峠へと続く最後のヘアピンカーブを曲がった。
時刻は予定時刻を2時間以上と大幅に上回り、少々焦りも感じ始めたが急いだところでどうにもならない。自転車という荷物を携え、もうこれ以上早く歩くことはできないのだ。
装備は十分にある。
ビバークだってできるし、峠には冬期小屋もある。
自分の気持ち次第でどうにでもなる。
そう思えば、時間に関しては大した問題ではなくなり、フッと気持ちが緩んだ時、見覚えのある大きな広場が目に入った。
そう、待望の大弛峠に到着したのだ。

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A氏の紀行文の通り、峠上は風で飛ばされるためか雪は殆どない。
舗装された広場はわずかな積雪の下にアイスバーンを覗かせていた。
そして驚くほど、嬉しさというものが込み上げてこない・・・きっと疲れ切っていたのだろう。
安全地帯に入ったことで、むしろ安心感のほうが勝っていたのだと思う。
「切り抜けた」と。
時計に目をやり、時間が押しているせいもあり写真をセルフィーで2枚だけ撮って下ることとした。
いや、時間的に僅かながら決めかねた。
冬期小屋に泊まることはできる。
そしておそらく、ここからしばらくは自転車に跨ることはできないと確信していたからだ。場合によってはアコウの土場までは乗れないかもしれない・・・そう思うとここに泊まるという選択肢もあった。
しかし、今回は下る決心をした。
「六本楢峠まで陽よもってくれ!」
峠のゲートを潜り、塩山方面へ下り出すとほどなく押しとなる。南面なので微かな期待をしていたのだが、やはり予想通りの積雪量。
ここは信州側(北側)から南側へ風が吹くことが多く、吹き溜まりになるのだ。
下りなので押していてもそう苦労はないのだが、それでも乗れないのは不条理極まりなく、ぶつくさと憎まれ口を独り言で呟きながら先を急ぐ・・・と。
15分ほど先に峠を出発していた両氏からメッセージが入った。
「塩山側乗れません」
はい。
その真っ只中でした。
結局1時間と少しの押しとなり、アコウの土場の辺りから徐々に乗れるようになってきた。おそらくはパトロール、保守管理の車であろう轍が現れたのである。
夕闇との競争。
気を遣うアイスバーンの下り。
頼りは無数にピンが打たれたスパイクタイヤと、自分の度胸だけだ。
限界ギリギリのスピードで下っていくが、六本楢峠で完全に暗くなり、ヘッドライトとテールライトを点灯させた。
それでも舗装路の下りは今までとは比べ物にならない位に快適だ。
寒さを堪え、舗装路のコーナーでは滑りやすいスパイクタイヤから出る火花を見ながら、その時、僕はあのニューサイの記事を思い出していた。
あれから32年。
自転車から一度は離れたものの、遠い昔に置いてきた大きな「宿題」を完遂することができた。
今は疲れていて喜びも大きく沸いてこないが、数日後には大きな達成感となって自分の心に焼き付くことだろう。
改めて山サイ研の先輩諸氏の記録に感服、そしてあのときめくような記事を書き残していただいたことに感謝しつつ、寒さで動かなくなったドロッパーポストに苦労しながら塩山駅に向かって最後の疾走をしたのであった。

川上山荘7:18-川端下バス停7:26-森林管理署小屋跡8:59/9:03-大弛峠15:20/15:23-アコウの土場(水晶峠分岐)16:57-六本楢峠17:33-柳平17:40-途中15分ほど缶コーヒータイム-塩山駅18:40/19:36-茅野駅21:02-桜平下駐車場21:45/22:10-自宅0:20

塩山駅-茅野駅間は輪行茅野駅からはタクシー(6,100円)にて桜平下駐車場へ。

 

最後に、このツーリングのきっかけとなったA・K両氏に深く感謝。
快く旅に出してくれた妻に感謝。
そして同行して下さったM・F両氏に御礼申し上げます。

【参考資料】
ニューサイクリング誌1986年2月号。
緑の小径15号より。
【装備】

Niner 29er MTB/55Lザック/輪行袋(ツエルト兼)/小型ガスコンロ/コッヘル/冬季用ガスボンベ/ガスボンベカバー/寝袋(3シーズン用-5℃対応)/冬季用ジャケット/冬季用オーバーパンツ/ウインドストッパーインナーシェル/ダウンベスト/登山用アンダーウェア(ロング&ショート×3)/グローブ(防寒テムレス&ゴアアウター)/インナーグローブ(×3)/冬季用シングルブーツ/帽子(×3)/登山用靴下(×3)/行動食(×4食分)/非常食(2食分)/テルモス/ワカン/自転車工具一式/サングラス/オイルライター/ヘルメット/地図/GPS/スマートフォン

※()内の数字は予備装備の数量。

※推定重量12kg。

 

【メモ・・・思いつくままに順不同】

  • 寒さに対する装備必須。最低気温でマイナス20度前後も予想されるため、しっかりとした対策が必要。
  • 寒さは人の精神力を削り取るプロフェッショナルだ。
  • 肌に直接触れるものを濡らさないようにすることが肝要。
  • パッキングは全ての物品をビニール袋に入れてから。
  • 事前の調査を忘れずに。特に積雪量と道路状況に関しては念には念を入れて。
  • 寒冷地では自転車に対する影響も大きい。電動のものは動かなくなり、バッテリーの消費も早いのでご注意を。
  • 携帯電話の電池には気を遣おう。最後に連絡を取る手段として重要な命綱だ。
  • 無線電動式のドロッパーシートがバッテリーの影響で下がったままになり、塩山駅までの舗装路で難儀した。
  • 装備は万一の事を考えて。使わない物があっても、それは生きるための装備だと思えば持参するのが吉。
  • スパイクタイヤは圧雪・アイスバーンで有効。舗装路では足枷でしかない。
  • やっぱり単独行はあぶない・・・よな。
  • 酒宴のために買ったウイスキー。少し残っていたが軽量化のため途中で中身を捨てた。今思えば勿体ないことをした。
  • 道具の進化は凄い。当時の装備で挑んだA・K両氏には畏敬の念でいっぱいだ。
  • 柳平から塩山までのクリスタルライン(県道杣口線)は街灯がなく真っ暗。
  • 今回同行した両氏は強力な脚力の持ち主。先行して構わないと言ってあった分、自分のペースを刻むことができた。
  • 50にもなってなにやってんだか。
  • 二度と自転車を持って厳冬の大弛には行きません。もうこれで十分です。